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インスタントカメラ産業史:ポラロイド(Polaroid)は2度死に、instax(チェキ)は年10万台から累計1億台へ

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目次 (45)

インスタントカメラ(チェキ、ポラロイド)の産業は、デジタル時代に一度死に、スマホ時代に生き返りました。しかも、以前より大きくなって。発明者であるポラロイド(Polaroid)は2001年と2008年に2度破産し、2008年にはフィルムの生産を終了しました。今日ポラロイドの看板を掲げているのは、ファンたちが310万ドルで旧生産ラインを買い取り、9年後に逆にブランドを買い戻したオランダの会社です。後発の富士フイルム(Fujifilm)のinstaxは、2002年に年100万台を売ったあと、2004年前後には約10万台まで落ち込み、そこから2018年度の1,002万台まで駆け上がりました。累計販売は1億台を超え、FY2025の売上高は2,000億円。いまや富士フイルムで最も稼ぐイメージング部門の中で、最大のビジネスです。

この記事では次の4つに答えます。

  • ポラロイドはなぜ発明者から2度の破産へと転落し、どうやってオランダの小さな会社に引き継がれたのか。
  • instaxは毎年何台売れたのか。どん底と回復はそれぞれいつ起きたのか。
  • instaxは富士フイルムにとってどれほど重要なのか。ネットに出回るいくつかの数字のうち、どれが正しくどれが間違っているのか。
  • 「デジタルに殺された」はずのものが、なぜスマホ時代に人に贈るものになり、さらには一種の通貨にまでなったのか。

数字にはすべて出典と集計基準を記しました。調べても見つからなかったことは末尾にまとめ、推計で埋めることはしていません。

1. ポラロイドの発明:1943年、3歳の女の子の質問

偏光材料の会社として始まった

ポラロイド(Polaroid)は1937年、エドウィン・ランド(Edwin Land)がマサチューセッツ州ケンブリッジで創業しました。最初に売っていたのはカメラではなく、偏光材料です。社名の「Polar」は偏光(polarizing)を意味しています。

インスタント写真の出発点は、ある家族の話です。ハーバード・ビジネス・スクールのベーカー図書館によるポラロイド・アーカイブ展と、米国化学会(ACS)の記録によると、1943年、ランドはニューメキシコ州サンタフェで休暇を過ごしていた際、3歳の娘ジェニファーを撮影しました。娘は「どうして今すぐ写真が見られないの?」と聞きました。ランド本人の回想では、1時間以内にカメラ、フィルム、化学処理をどうすればいいか考えつき、その日のうちに特許弁護士に会いに行ったといいます。

ポラロイド創業者エドウィン・ランドが1971年ごろ、白い幕の前に立っている写真。ダークグレーのスーツに赤と青の斜めストライプのネクタイを締め、胸にマイクを付けている。右下にポラロイドの機材があり、背景にはカメラを構えた報道カメラマンが2人写っている。
ポラロイド創業者エドウィン・ランド。米国議会図書館の目録では撮影年は1971年前後とされています。撮影:Bernard Gotfryd(Newsweekのために撮影、原版は米国議会図書館所蔵)、パブリックドメイン、元画像。

1947年2月21日、ランドは米国光学会でインスタントカメラとフィルムを公開しました。

1948年:Model 95は初日に完売

最初の市販機Polaroid Model 95は、1948年11月にボストンのジョーダン・マーシュ百貨店で発売され、価格は89.75ドルでした。History.comの記録によると、最初の57台はフィルムとともに初日に売り切れました。発売日は資料によって異なり、History.comは11月26日、28日とする資料もあり、英語版ウィキペディアは11月としか書いていないため、ここでは月までにとどめます。

米国マサチューセッツ州ケンブリッジのMIT博物館の展示ケースに置かれたPolaroid Land Camera Model 95。折りたたみ式のボディから黒い蛇腹が伸び、レンズボードにPOLAROID LAND CAMERAとMODEL 95の文字がある。
ポラロイド初の市販インスタントカメラModel 95(1948年)、MIT博物館にて。ピールアパート式フィルムを使い、しばらく待ってからポジとネガをはがします。撮影:Daderot、CC0 パブリックドメイン、元画像。

1972年:SX-70が暗室を1枚の写真に詰め込んだ

初期のポラロイドはピールアパート式でした。写真が出てきたらしばらく待ち、ポジとネガをはがす必要があり、手に化学薬品のかすが残りました。これを変えたのが1972年のSX-70です。

SX-70は1972年4月の株主総会で発表され、年末にまずマイアミで発売、全米に行き渡ったのは1973年秋でした。価格は180ドル、フィルムは10枚入り1パック6.90ドルです。「インテグラル(一体型)フィルム」を使う初めての折りたたみ式一眼レフで、写真が自動で排出され、写真の中で勝手に現像されます。はがす必要も、かすが残ることもありません。いま多くの人が思い浮かべる「撮ると白いフチの写真が出てきて、絵がゆっくり浮かび上がる」インスタント写真の形は、SX-70で決まりました。1974年半ばまでに、SX-70は70万台売れています。

淡い色のタイルの上に開いて立てられたPolaroid SX-70 Land Camera。上部に折りたたまれたファインダーがあり、ボディはステンレスと茶色の革張り、下部の排出口にPOLAROID SX-70 LAND CAMERAの文字がある。
Polaroid SX-70。1972年に発表された折りたたみ式一眼レフで、インテグラルフィルムを使った最初の機種です。写真は下部の排出口から出てきて、写真の中で自ら現像されます。本記事のトップ画像はこの写真をトリミングしたものです。撮影:Fabian Reus、CC BY-SA 2.0、元画像。

最盛期のこの会社は、1978年に従業員21,000人、1991年に売上高30億ドルを数えました。

2. ポラロイド対Kodak:15年続いた特許戦争

1976年、Kodakが自社のインスタントカメラとフィルムを発売しました。フィルムの化学はSX-70に近いものの、規格はポラロイドと互換性がありません。ポラロイドは同じ年に、特許侵害でKodakを提訴しました。

この訴訟でいちばんよく間違えられるのは、「侵害の判決」と「賠償の判決」を同じ年にしてしまうことです。実際の時系列は次のとおりです。

年 出来事
1976 Kodakがインスタントカメラを発売、ポラロイドが特許侵害で提訴
1985 裁判所がKodakの侵害を認定、ポラロイド勝訴
1986年1月 差止命令が発効、Kodakはインスタントカメラとフィルムの製造・販売を停止
1990年10月 裁判所がKodakに9億950万ドルの賠償を命じる
1991 両社が約9億2,500万ドルで和解

この表のポイントは、Kodakが1986年の時点でインスタント写真から撤退させられたのに、賠償額が決まったのは1990年、和解は1991年だったということです。ポラロイドはもともと約57億ドル(利息込みの逸失利益)を請求していましたが、最終的に得たのはその2割に届きませんでした。

Kodakが失ったのはお金だけではなく、製品ライン全体でした。写真メディアFstoppersのまとめ(二次資料)によると、Kodakは撤退時点ですでに約1,650万台のインスタントカメラを販売しており、それらのカメラはそれ以降フィルムが手に入らなくなりました。Kodakは返金か、ほかのKodak製カメラへの値引き交換で対応するしかありませんでした。

Kodak EK2インスタントカメラと純正の化粧箱。手前にKodak Trimprintインスタントフィルムの箱と現像済みの写真が数枚あり、背景には赤紫色のコリウスの葉がある。
Kodakのインスタントカメラ EK2と、それに使うTrimprintインスタントフィルム。1986年1月に差止命令が発効すると、Kodakはインスタントカメラとフィルムの製造・販売を停止し、こうしたカメラには新しいフィルムが手に入らなくなりました。撮影:Joost J. Bakker、CC BY 2.0、元画像。

産業構造から見ると、この訴訟の結果、1986年以降の米国のインスタント写真市場にはポラロイド1社しか残りませんでした。競争相手もおらず、変化を迫る者もいなくなったのです。

3. ポラロイド最初の死:2001年

独占はポラロイドを救いませんでした。1991年に売上高30億ドルを記録したあと、デジタルカメラが普及し始めますが、ポラロイドの売上の大部分はフィルムに結びついていました。英語版ウィキペディアは2001年の破産の原因を、経営陣がデジタルカメラがフィルム事業に与える打撃を予見できなかったことだと説明しています。いわゆる「成功の罠」です。かつて稼いでいたものがあまりに稼げたせいで、それが消えつつあることに会社が気づけなかったのです。

時系列:

  1. 2001年10月11日:Polaroid Corporationが連邦破産法第11章(Chapter 11)の適用を申請。
  2. 2002年:Bank One傘下の投資部門One Equity Partnersがほぼすべての資産を買収し、Polaroid Holding Companyと改名して事業を継続。元の法人はPrimary PDCに改名。
  3. 2005年4月:Petters Group WorldwideがPolaroid Holding Companyの買収を発表。

ポラロイドという名前は生き残りましたが、その中身はもう、ランドが創業した会社ではありませんでした。

4. ポラロイド2度目の死:2008年にフィルム生産終了、そして再び破産

2008年2月8日、Petters傘下のポラロイドは、年内に段階的に生産を縮小し、アナログのインスタントフィルムから完全に撤退すると発表しました。1948年に始まったポラロイドのインスタント写真は、ここで終わるという宣言でした。

同じ年の12月18日、ポラロイドは2度目のChapter 11を申請します。今回の直接の原因は本業ではなく親会社でした。Petters Groupのトップが詐欺事件に関与し、グループが裁判所の管理下に置かれたのです。2009年4月に資産が競売にかけられ、ポラロイドの名称、知的財産、写真アーカイブは最終的に、Hilco Consumer CapitalとGordon Brothers Brandsの合弁会社が取得しました。

2度の破産は原因が違います。1度目はデジタルカメラに打ち負かされ、2度目は親会社に引きずり込まれました。しかし結果は同じで、2008年末の時点で、ポラロイドのインスタントフィルムを生産している工場は世界のどこにもなくなっていました。

5. Impossible Project:310万ドルで工場を買い、9年後にブランドを買い戻す

2008年:ファンたちが生産ラインを買った

ポラロイドがフィルムの生産終了を発表したのと同じ年、Florian Kaps、André Bosman、Marwan Sabaの3人がThe Impossible Projectを立ち上げました。目的はただひとつ、ポラロイドのフィルムを存続させることです。2008年10月、彼らはポラロイドに残っていたフィルム生産ラインの設備を310万ドルで買い取り、オランダ・エンスヘーデ(Enschede)の旧工場の北棟を借りて、2010年に量産を始めました。

機械を手に入れても、フィルムが作れるとは限りません。オランダの業界メディアKunststof & Rubberの2024年の記事によると、エンスヘーデ工場は最盛期に約1,200人の従業員を抱えていましたが、Impossibleが引き継いだときのチームは約10人。もともとの現像薬剤の配合とサプライチェーンはすでに途絶えており、彼らは何年もかけて配合をリバースエンジニアリングで再構築しました。

2017年:逆にポラロイドを買収

2017年5月、Impossibleの筆頭株主Wiaczesław Smołokowski(CEOのOskar Smołokowskiの父)がPolaroidのブランドと知的財産を買収しました。同年9月に社名をPolaroid Originalsに変更し、2020年3月に再び単一の名称「Polaroid」に戻すと同時に、新機種Polaroid Nowを約100ドルで発売しました。

この産業で最もドラマチックな一幕です。「ポラロイドのフィルムを救う」ために作られた会社が、最後には自分自身がポラロイドになったのです。現在のポラロイドはオランダの会社(Polaroid B.V.)で、フィルムはエンスヘーデのPolaroid Film B.V.が生産しています。工場は、元のあの工場のままです。

2024年5月、オランダ・エンスヘーデのポラロイド工場敷地。グレーと白のオフィスビルの屋上にpolaroidの文字が立ち、外壁には赤、オレンジ、黄色のカラフルな縦縞がある。手前には赤レンガの建物の横に木製の子ども用遊具がある。
2024年5月、オランダ・エンスヘーデの旧ポラロイド工場敷地。屋上には現在のpolaroidのロゴと虹色のラインが掲げられています。Impossibleが2008年に借りたのはこの旧工場の一部で、ポラロイドのフィルムは今もエンスヘーデで生産されています。写真のこの建物が実際に何に使われているかは、撮影者が記していません。撮影:Gewild、CC0 パブリックドメイン、元画像。

今日のポラロイドの規模:出典はひとつだけ

ポラロイドは現在非上場で、決算を公表していません。私が見つけた唯一の数字は、エンスヘーデ工場のエンジニアリングを請け負った業者が自社サイトに載せている事例ページのものです。2024年にエンスヘーデ工場が生産したフィルムは840万パック、会社の売上高は2億2,000万ユーロ、エンスヘーデ工場の従業員は150人余り。これはポラロイド自身が公表した数字ではなく、ページに日付もないため、規模感の参考にしかなりません。

この数字をそのまま使っても、ポラロイドの規模は1991年のピークのごく一部にすぎず、次の章で扱うinstaxよりはるかに小さいものです。現在の製品ラインには、Now(2020年)、極小サイズのGo(2021年)、マニュアル操作とLiDARフォーカスを備えたI-2(2023年、600ドル)、そして2025年3月のNow第3世代があります。

価格もその立ち位置を表しています。2026年9月25日の台湾の小売価格で調べると、ポラロイド(i-Type)1枚はinstax mini約2.5枚分に相当します。

6. instaxの誕生:1998年、チェキ=check it

富士フイルムは別の技術路線を歩んでいた

富士フイルムがインスタント写真を手がけたのは、instaxより前のことです。1980年代初めに日本とアジアでインスタントカメラ「フォトラマ(Fotorama)」を発売しており、その技術路線はポラロイドよりもKodakに近いものでした。富士フイルムはピールアパート式フィルムも作っていましたが、最後のFP-100Cは2016年2月に生産終了が発表されました。

1986年にKodakを退場に追い込んだ訴訟は、米国でKodakを相手に起きたものです。富士フイルムのインスタント写真は主に日本とアジアで展開されており、そのまま続いていきました。

instaxは1998年に登場しました。英語版ウィキペディアは1998年11月10日にinstax mini 10とminiフィルムが発売されたとし、日本語版ウィキペディアは1998年12月に日本で発売と書いています。富士フイルム自身のIR資料は「1998年に日本で発売を開始、2023年11月に25周年」です。フィルム規格はmini(1998年)、WIDE(1999年)、SQUARE(2017年)と順にそろいました。各規格の写真サイズはチェキのサイズ比較にまとめています。

銀色の富士フイルム instax mini 10の正面アップ。丸く大きなレンズの外周にFUJINON LENS 60mmの文字があり、右上にFUJIFILM INSTANT CAMERAとinstax mini 10、左上にフラッシュがある。
1998年にinstax miniフィルムと同時に発売された初代機instax mini 10。丸みのある銀色のボディで、日本でいう初代チェキです。写真は2013年に撮影された、保存されていた古い個体です。撮影:Andshel、CC BY-SA 3.0、元画像。

技術的には、instaxはフィルムの裏側から露光し、色素層の順番を逆に並べているので、SX-70のように像を正しい向きに反転させるミラーがカメラに要りません。そのぶんカメラをシンプルに、安く作れます。

「チェキ」という名前

日本で定着している「チェキ」(Cheki)は、instaxの愛称です。instaxの公式メディア「Cheki Press」によれば、この名前は英語の「check it」を縮めた造語です。正式なブランド名はinstaxで、チェキという呼び名は日本でしか使われていません。

この対比は、このあと何度も出てきます。日本の愛称が最もよく知られている製品なのに、今日の売上高の9割は日本以外で生まれているのです。

7. instaxの年間台数:100万、10万、1,002万、そして累計1億

富士フイルムが公表したinstaxの年間販売台数は、いくつもの資料に散らばっています。つなぎ合わせると次のようになります。

年/年度 年間販売台数 出典と集計基準
2002 100万台 最初のピーク。Works研究所、富士フイルムIR資料
2004–2006 約10万–12万台 どん底。Works研究所
2007 20万台 Works研究所
2008 25万台 Works研究所
2009 49万台 Works研究所
2010 87万台 Works研究所
2011 127万台 Works研究所
2014 約300万台 日本語版ウィキペディア、二次資料
2015年度 約500万台 英語版ウィキペディアの引用。2016年とするメディアもあり、年度の基準が一致しない
2018年度 1,002万台 初の1,000万台突破。Works研究所、President
2020年度以降 公式には非公表 富士フイルムは売上高と累計台数のみ公表に変更

この表の形は大文字のVです。2002年の100万台が2年後には10分の1になり、そこから14年かけて、どん底の約100倍まで伸びました。富士フイルム自身も2023年のIR資料で、この歴史を「黎明期、流行期、幻滅期、回復期、安定成長期」の5段階に分け、「年間販売台数100万台突破」「年間販売台数10万台まで減少」「年間販売台数1,000万台突破」の3つの節目を記しています。

富士フイルムの2023年12月のIR資料10ページ「INSTAX 売上高推移」の棒グラフ。1998年から2023年までで、下部は黎明期、流行期、幻滅期、回復期、安定成長期の5段階に分かれ、グラフ上に「年間販売台数100万台突破」「年間販売台数10万台まで減少」「年間販売台数1,000万台突破」とある。上部には「1998年に日本で発売を開始、2023年11月に25周年」「現在世界100か国以上で展開中(海外売上比率9割)」と書かれている。

富士フイルム自身が描いたinstaxの25年。棒は売上高で、目盛りはありません。3つの丸い印が年間販売台数の節目で、Vの底は2004〜2006年にあります。富士フイルム「イメージングソリューション事業説明会」資料10ページの画面キャプチャ(2026年9月25日取得、グラフとタイトルのみ)、元のPDF

2020年度以降、公式の年間販売台数はありません。確かなのは2つの累計値だけです。2023年12月の資料では累計8,000万台以上。2025年4月8日、富士フイルムはカメラとスマホプリンターを合わせた世界累計販売台数が1億台を超えたと発表し、2026年10月のニュースリリースはその時点を「FY2024末まで」(2025年3月末まで)としています。2つの時点の間でおよそ2,000万台増えており、年平均にすると約1,000万台前後です。これは2つの累計値の差から私が推算したもので、公式の年間販売台数ではありません。

富士フイルムの2023年12月のIR資料5ページの1枠。「INSTAX 25th Anniversary」「チェキ累計販売台数 8,000万台+」と書かれ、横に薄紫のinstax mini 12とピンクのスマホプリンターがある。

2023年12月時点の累計:8,000万台以上。富士フイルム「イメージングソリューション事業説明会」資料5ページの画面キャプチャ(2026年9月25日取得、instaxの累計台数の枠のみ)、元のPDF

富士フイルムの2025年4月8日の英語ニュースリリース。タイトルは「instax Cumulative Sales Exceeds 100 Million Units」で、本文にはinstaxのカメラとスマホプリンターが1998年の発売以来100か国以上で販売され、世界累計販売台数が1億台を超えたと書かれている。

1年4か月後、累計は1億台を超えました。ニュースリリースには、この数字がカメラとスマホプリンターを含むと明記されています。富士フイルムのニュースリリースの画面キャプチャ(2026年9月25日取得、日付、タイトル、第1段落のみ)、元のページ

2002年の最初のピーク:プリクラと同じ波

Works研究所の2019年の事例記事は、2002年のピークの理由を「写ルンです」(レンズ付きフィルム)とプリントシール機(プリクラ)のブームに求めています。主な客層は日本の女子高生でした。

ここからは私の観察で、富士フイルムやいずれかのレポートの結論ではありません。東アジアの若い女性によるこの「実物の写真の消費」の波は、いくつかの市場で、盛衰の時期がほぼ重なっています。

  • 日本のプリントシール機は1997年にピークを迎え、アミューズメント施設での年間売上高は1,013億円。1998年に半減したあと2002年に605億円まで回復し、その後は下がり続け、2005年に423億円、2007年に307億円になりました(数字は日本アミューズメント産業協会による。日本のプリントシール機30年にまとめています)。
  • 台湾では、日本式プリントシール機が2000年前後に蓋酷家族によって持ち込まれてブームとなり、その後スマホと写真加工アプリの普及とともに退潮しました(台湾のプリントシール機業界の発展史を参照)。
  • instaxは2002年に最初のピークの100万台に達し、2004〜2006年には約10万台まで落ち込みました。

3本の線はいずれも1997〜2002年にピークがあり、2000年代半ばに熱が冷めています。売っていたのは同じものです。その場で手に取れて、友だちに配れる1枚の写真です。

2004年のどん底:カメラ付き携帯電話

落ち込んだ理由について、日本の2つの資料の説明は一致しています。Presidentの記事はデジタルカメラの普及に加え、少し遅れて携帯電話にカメラが内蔵され始めたことを挙げ、Works研究所はもっと直接的に、「カメラ付き携帯電話」の普及とともに販売台数が急落したと書いています。2005年前後、instaxの年間販売台数はピークの10分の1程度でした。

プリントシール機の退潮も、同じ原因によるものとされています。この点は日本と台湾の資料がどちらも記しています。

2007年の回復:ある韓国ドラマ、ただし作品名は確認できず

Works研究所によると、回復のきっかけは、2007年の韓国の恋愛ドラマにチェキが登場したことと、同じころ中国で有名モデルがブログでチェキを紹介したことでした。まず東アジアで流行し、その後北米と欧州に広がりました。

この韓国ドラマがどの作品なのか、私は確認できませんでした。ネット上では同じ年の『コーヒープリンス1号店』と結びつける人もいますが、その結びつきを裏づける信頼できる出典は見つからなかったため、ここでは作品名を書きません。

その後の数字は、2007年が20万台、2009年が49万台、2011年が127万台。4年で6倍以上になり、2011年には2002年の以前のピークを超えました。

海外が9割、「チェキ」は日本だけの呼び名

回復後のinstaxは、もはや日本の商品ではありません。富士フイルムの2023年のIR資料には、instaxは世界100か国以上で販売され、海外売上比率は約9割と明記されています。Works研究所も2018年の海外比率を90%としています。Works研究所によると、主な客層は10代から20代の女性、いわゆるZ世代です。

日本の女子高生から始まった製品が、2度目の離陸を韓国ドラマと中国のブロガーに頼り、最後には9割を海外で稼ぐようになりました。「チェキ」という日本の愛称が通じるのは、最初のピークを生んだ日本の市場だけです。

8. お金:instaxは富士フイルムにとってどれほど重要か

イメージング部門:富士フイルムで最も稼ぐ部門

instaxは富士フイルムの「イメージング(Imaging)」部門に属しています。この部門にはinstaxのほか、写真フィルム、プリント機器、そしてGFXやXシリーズなどのデジタルカメラも含まれます。近年の売上高は次のとおりです。

会計年度 イメージング部門
売上高(億円)
FY2019 3,326
FY2020 2,852
FY2021 3,334
FY2022 4,103
FY2023 4,697
FY2024 5,420
FY2025 6,271

富士フイルムの会計年度は4月から翌年3月までで、FY2025=2025年4月〜2026年3月です。この表が示しているのは、コロナ禍の1年を除けば、イメージング部門の売上高が6年でほぼ倍増したということです。FY2025にはグループ売上高の18.7%を占めています。

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---
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    title "イメージング売上高(億円)"
    x-axis ["FY19", "20", "21", "22", "23", "24", "25"]
    y-axis 0 --> 7000
    bar [3326, 2852, 3334, 4103, 4697, 5420, 6271]

棒グラフにするとよくわかります。下がったのはFY2020の1年だけで、その後の5年は毎年前年を上回っています。

instaxはイメージング部門の約3分の1、半分以上ではない

instax単体の売上高について、富士フイルムが公表した数字は2つあります。

  • FY2023(2024年3月期)のinstax関連売上高(カメラ、フィルム、アクセサリー)は1,500億円に達しました。決算ニュースの原文は「FY2025の売上目標1,500億円を1年前倒しで達成」です。本文中の年度の定義で計算すると2年前倒しになり、両者は合いません。ここでは原文をそのまま引用し、独自に換算し直してはいません。同じ年のイメージング部門の売上高は4,697億円で、instaxはその約32%です。
  • FY2025(2026年3月期)のinstax売上高は2,000億円。富士フイルムの2026年10月20日のニュースリリースには、FY2021から5年連続の過去最高と明記されています。同じ年のイメージング部門の売上高は6,271億円で、instaxはやはり約32%です。

2年とも比率はほぼ同じです。instaxはイメージング部門全体と一緒に成長しており、その約3分の1を占めています。

ネットではもうひとつ、「instaxは富士フイルムのイメージング事業の半分以上」という説をよく見かけます。これはPetaPixelが2023年12月に日経を引用した記事が出どころですが、富士フイルムの公式数字で計算すると約3分の1にすぎません。考えられる説明は、「半分以上」がイメージング部門全体ではなく、その下のコンシューマーイメージング(Consumer Imaging)事業を指しているというものです。富士フイルムはコンシューマーイメージング事業の売上高を公表していないので、この説明は検証できません。確かなのは、「イメージング部門の半分以上」が公式数字と合わないということだけです。

また、Fujifilm Imaging Solutionsのトップである山本正人氏は、2025年1月の新製品発表会で、instaxの売上高はFY2021からFY2023まで3年連続で過去最高を更新し、FY2024も過去最高になると述べました。その後、FY2024とFY2025はいずれも実際に過去最高となっています。

FY2025:イメージング部門の営業利益は4部門で首位

FY2025の4部門の売上高と営業利益は次のとおりです。単位はすべて億円です。

部門 売上高 営業利益 営業利益率
ヘルスケア 10,989 636 5.8%
エレクトロニクス 4,562 1,009 22.1%
ビジネスイノベーション 11,748 637 5.4%
イメージング 6,271 1,600 25.5%

この表は富士フイルムが2026年5月に公表したFY2025の決算によるものです。イメージング部門は売上高では3位ですが、営業利益は1位です。1,600億円は4部門の営業利益合計の約4割にあたります(4部門を足して私が計算したもの)。営業利益率は25.5%で、グループ平均はわずか10.4%です。

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    title "部門別営業利益(億円)"
    x-axis ["医療", "電子", "BI", "写真"]
    y-axis 0 --> 1800
    bar [636, 1009, 637, 1600]

4本の棒は左から医療(ヘルスケア)、電子(エレクトロニクス)、BI(ビジネスイノベーション)、写真(イメージング)で、ラベルは正式な部門名の略記です。売上高が最も大きいビジネスイノベーションとヘルスケアでも、稼いだ利益はイメージングの4割ほどにとどまります。

富士フイルムFY2025決算短信の2つの表「Revenue by Operating Segment」と「Operating Income by Operating Segment」。単位は10億円で、Imagingの売上高627.1、営業利益160.0、Healthcareの営業利益63.6、Electronics 100.9、Business Innovation 63.7、グループ営業利益合計350.2。

決算の原表は単位が10億円なので、160.0は1,600億円です。4部門のうち営業利益が最も高いのはImagingです。富士フイルムFY2025決算短信英語版2ページの画面キャプチャ(2026年9月25日取得、部門別売上高と営業利益の2表のみ)、元のPDF

ただし、はっきりさせておくべきことがあります。この1,600億円にはデジタルカメラが含まれており、すべてをinstaxの手柄にはできません。富士フイルムはinstax単体の営業利益を公表していません。決算の原文はコンシューマーイメージングについて、instaxの売上高が伸び続け、累計販売台数が1億台を突破したこと、主力機種はmini 12とmini Evoで、ほかにWIDE 400、Link 3、WIDE Evoなどがあることを記しています。

4度の増産、それでも値上げ

需要の強さは、生産能力と価格の2つを見ればわかります。

2022年以降、富士フイルムはinstaxフィルムの生産設備を3度増強し、累計投資は約115億円、生産能力はFY2022比で約5割増えました。3度目は2025年12月18日の発表で、約50億円を投じて神奈川の足柄工場で生産能力をさらに約10%引き上げ、2026年春に稼働開始、秋に本格稼働する計画です。

3度目がまだ本格稼働していない2026年10月20日、4度目が発表されました。同じ足柄工場に約30億円を投資し、2027年春から順次稼働、2028年春に本格稼働して、生産能力はFY2026比でさらに約2割増えます。4度を合わせると、生産能力はFY2022比で約7割増になります。

富士フイルムの2025年12月18日のニュースリリース「instax“チェキ”フィルムの生産設備を増強」。サブタイトルは「生産能力を2025年度比1割向上」で、本文には神奈川事業場足柄サイトに約50億円を投資し、2026年春から順次稼働、秋以降に本格稼働すること、2022年の約20億円、2023年の約45億円と合わせて累計約115億円、生産能力は2022年度比で約5割増加することが書かれている。

最初の3度の増強の金額と生産能力は、すべて富士フイルム自身の発表に書かれています。富士フイルムのニュースリリースの画面キャプチャ(2026年9月25日取得、タイトル、第1段落、累計投資の段落のみ。途中のブランド紹介の段落は省略)、元のページ

増産と同時に、富士フイルムは日本国内でinstaxフィルムを値上げしました。2026年4月1日実施です。

フィルム規格 2026年4月の改定幅
(日本国内)
instax mini 約+22%〜+27%
instax SQUARE 約+8%〜+22%
instax WIDE 約+3%〜+13%

公式の理由は、部材、原材料、物流費の上昇を自社努力で吸収しきれないというものです。一般に、生産能力を5割増やしても値上げし、半年後にさらに増産を発表するのは、値上げを吸収できるだけの需要があるということです。需要が弱ければ、増産後の普通の動きは値下げで在庫をさばくことで、値上げではありません。値上げ幅が最も大きいのはminiで、ちょうど最も販売量の多い規格でもあります。

同じ時期、富士フイルムの一般的な写真フィルムの戦略は逆方向で、一部のカラーネガフィルムはKodakに生産を委託しています。

9. よくある説の訂正:instaxは「デジタルカメラ業界全体」に勝っていない

PetaPixelの2022年の記事は、2019年にinstaxがデジタルカメラ業界全体(スマホを除く)より多く売れたと書いています。この一文はよく引用されますが、カメラ業界団体CIPAの公式出荷統計と照らし合わせると成り立ちません。

年 合計 レンズ
交換式
レンズ
一体型
2018 1,942万台 1,076万台 866万台
2019 1,522万台 846万台 676万台
2025 944万台 700万台 244万台

これはCIPAが公表している世界のデジタルカメラ出荷台数(暦年)です。「レンズ交換式」=一眼レフとミラーレス、「レンズ一体型」=レンズを交換できないカメラです。instaxは2018年度が1,002万台、2019年が約1,000万台(この2019年の数字はPetaPixelによるもので、出典は示されていません)。比べると、正確な言い方は「instaxの年間約1,000万台は、世界のレンズ交換式カメラの出荷台数を上回ったが、デジタルカメラ全体は上回っていない」となります。

もうひとつ集計基準の違いがあります。instaxは富士フイルムの会計年度(4月〜翌年3月)、CIPAは暦年なので、3か月ずれており、規模感の比較しかできません。

2025年、CIPAのデジタルカメラ合計はすでに944万台まで減っています。もしinstaxが今も年1,000万台前後売れているなら、「デジタルカメラ業界全体に勝った」という一文は、今日ならかえって成り立つ可能性があります。しかし富士フイルムは2020年度から年間販売台数を公表していないので検証できず、ここでは「可能性がある」までにとどめます。

10. インスタント写真が通貨になる:チェキ券、メイドカフェ、アイドルのコラボフレーム

instaxの回復後、カメラメーカー自身も設計していなかった使い道が生まれました。写真そのものが売り買いされるものになったのです。売っているのは画質ではなく、「私はこの人(あるいはこのキャラクター)と、同じ時間、同じ場所にいた」という証明です。

このビジネスがいちばんはっきり見えるのは、次の5つの場面です。

  • 日本の地下アイドルの現場のチェキ券。
  • 日本のメイドカフェ/コンセプトカフェ(コンカフェ)。
  • 台湾のメイドカフェと地下アイドルレストラン。
  • K-popのサイン入りチェキと誕生日カフェ。
  • 韓国のセルフフォトブースのアイドルコラボフレーム。これはinstaxを使いませんが、売っているものは同じです。

日本の地下アイドルのチェキ券

地下アイドルの現場でおなじみの「チェキ券」は、ファンが券を買うとアイドルと一緒にinstaxを1枚撮れて、アイドルが写真にメッセージやサインを書いてくれる仕組みです。Business Insider Japanの2024年11月の記事は、このビジネスを次のように整理しています。

  • チェキ券1枚の相場は約1,000〜2,000円で、記事は1,500円前後で試算しています。
  • アイドル本人の取り分は30%〜40%で、1枚あたり約500円。残りは事務所のものです。
  • instaxフィルム1枚の原価は約100円です。
  • 記事は、東京の女性地下アイドルグループ約1,000組、1組平均5人に、1人あたり年間約270万円を掛け合わせ、「チェキ100億円経済圏」を導き出しています。

この100億円は記者自身の試算で、統計ではなく、規模感の参考にしかなりません。わかるのは構造です。原価約100円のフィルムが、アイドルの現場ではその十数倍の値段で売れます。買う人が買っているのは写真ではなく、「この人に会った証明」だからです。

富士フイルム自身もこのことに気づいています。2023年のIR資料では「チェキ撮影会、ファンミーティング」をinstaxの法人活用事例に挙げており、日本語版ウィキペディアにも、アイドルの握手会の現場で撮るインスタントのツーショットは「チェキ」と呼ばれ、重要な収入源になっていると書かれています。

日本のメイドカフェ:自分では撮れない、チェキを買うしかない

メイドカフェは「お金を払ってツーショットを買う」ことを定番メニューにしました。2026年10月28日に大手2チェーンの公式料金を確認しました。

  • めいどりーみん(Maidreamin):通常のチェキ900円、大きいサイズのデカチェキ1,150円、ボイスメッセージ付きのボイスチェキ1,750円(税込)。オリジナル台紙に入れて渡されます。ほかに、120枚収納できるオリジナルのチェキアルバムも販売しています。
  • あっとほぉーむカフェ(@home cafe):指名したメイドとの名刺サイズのチェキが900円、L判サイズが1,110円。メイドのソロ写真にその場で落書きする「コレクションチェキ」が1,200円です。すべてのセットにメイドとの記念写真が1枚含まれ、会員ランクアップの特典はソロチェキ券とアルバムです。

なぜ買うしかないのか。めいどりーみんの公式FAQにははっきり書かれています。店内での撮影はできますが、メイド、キッチンスタッフ、ほかのお客さまを写すことはできず、メイドに触れることもできません。メイドとのツーショットが欲しければ、正規のルートはお金を払ってチェキを買うことだけです。原価約100円のフィルムが、ここでは900円からの商品になっています。

2011年11月、東京・秋葉原の@home cafe本店が入るビルの夜景。外壁の各階に@home cafeと公式サイトのURLが書かれ、左側のピンクの縦幕に「祝 おかげさまで総ご帰宅数200万人突破!」とある。背景にはAKIBAカルチャーズZONEのネオン看板。
2011年11月の秋葉原@home cafe本店。縦幕には来店者数(店内での言い方は「ご帰宅」)が200万人を突破したとあります。現在、店内のすべてのセットにメイドとのチェキが1枚含まれています。撮影:Ryo FUKAsawa、CC BY 2.0、元画像。

チェキが店にとってどれほど重要かについて、日本には公開された数字がありません。見つかったのは韓国の例です。韓国の通信社news1の2026年7月の記事(AFPBBによる転載)によると、チェキやパフォーマンスといったコンテンツ商品がメイドカフェの収益の大半を占め、メイドは一般に販売価格の30%をボーナスとして受け取ります。釜山のある店ではチェキ1枚が12,000ウォンで、メイドの取り分が4,000ウォン、店の取り分が8,000ウォンでした。これは転載による二次資料で、1店舗だけの例なので、構造の参考にしかなりません。

台湾のメイドカフェと地下アイドルレストラン

このモデルは台湾にも広がっています。筆者(Joe)がまとめている台湾全土のデータベースには、2026年9月22日時点で59店のメイド/執事カフェと地下アイドルレストランが収録され、そのうち44店が営業中です。現状は台湾のメイドカフェ事情にまとめています。台湾でも多くの店が客によるスタッフの撮影を禁じており、記念に残したければ店内のチェキを買うことになります。

料金を公開している例は多くありません。2店の公式アカウントの告知によると、台中のNoir-islandというコンセプトダイニングバーはチェキ1枚NT$300(約10米ドル)で、同店の最低消費額は男性NT$600(約19米ドル)、女性NT$400(約13米ドル)。写真1枚の値段が最低消費額の半分から4分の3ほどになります。台北・西門町の冥酩カフェ&バーでは、1日店員とのチェキまたはスマホでの撮影が1枚NT$300です。

カフェの店内の小さなステージで3人のパフォーマーが踊っている。後方にスクリーンがあり、左側にはHOSHIBURAのキャラクターの縦型ポスターが立っている

台湾の地下アイドルレストランKirabase。スタッフ自身がアイドルで、店内の小さなステージでパフォーマンスをします。筆者(Joe)が訪問時に撮影した動画のキャプチャです。訪問記録はKirabaseへの企業訪問にあります。

K-popのサイン入りチェキ

韓国で生まれたのは別の形です。K-popのサイン会やアルバムの抽選(ラッキードロー)では、アイドル直筆サイン入りのインスタント写真が配られ、韓国のファンの間では「폴라(ポラ)」と略されます。台湾のファンの間でも「拍立得」と呼ばれ、「未公開」のものといった言い方まであり、中古市場の取引が活発で、真贋の見分けまでが需要になっています。この部分はネット掲示板での議論しか見つけられず、市場規模の数字はまったくないため、現象の記述にとどめます。推し活の用語は応援用語まとめに整理しています。

K-popファンのもうひとつの場が、誕生日カフェ(생일카페、センイルカフェ)です。ファンがカフェを貸し切ってアイドルの誕生日を祝い、客はドリンクを1杯注文するとカップスリーブやトレカなどの特典がもらえます。韓国のスポーツメディアXports Newsは2023年、aespaのKARINAのセンイルカフェについて、カップスリーブやトレカのほかに、KARINAをテーマにしたフォトブースとフォトウォールが設けられていたと報じました。センイルカフェの特典はトレカが中心で、インスタント写真を配ったという信頼できる報道は見つかりませんでした。センイルカフェの開き方や費用は誕生日応援カフェとはにまとめています。

同じことをする別の機械:フォトブースのアイドルコラボフレーム

「好きな人と同じフレームに収まった実物の写真にお金を払う」ことを同じ需要と見なせば、フォトブースがしているのも同じビジネスです。違うのは、本人がその場にいなくていいことだけです。

韓国最大のセルフフォトブランドPHOTOISMは「Artist Frame」を出しています。画面にアーティストの写真が表示され、客がその中に立つと、スターと一緒に写っているように見えます。韓国中央日報英語版の2023年10月の記事によると、コラボ相手はBTS、ATEEZ、TWICE、Kep1er、サッカー韓国代表、eスポーツチームT1、俳優のチョン・ヘイン、キム・ソンホなどで、このフレームは追加料金が必要、2枚で7,000ウォンからです。Life4Cuts(인생네컷)のオーストラリア・メルボルン店の店長も、オーストラリアのSBSに対し、SEVENTEEN、Hwasa、BTSなどのアイドルとのコラボフレームがとても人気だと話しています。

PHOTOISM COLOREDの店内に貼られたKFA PLAYER FRAMEのコラボポスター。メインビジュアルは赤いユニフォームのサッカー韓国代表で、2022 NOV. 21と、代表選手フレーム1回2000 원の表示がある

2022年ワールドカップ期間中、韓国のPHOTOISM店舗の壁に貼られていた、大韓サッカー協会公式ライセンスの「代表選手フレーム」のポスター。1回2,000ウォンです。2022年12月に筆者(Joe)撮影。

Photo Signatureの機械の操作画面。カメラのアイコンとBarbieコラボフレームの選択肢が表示されている

同じ旅行中に韓国のPhoto Signatureで撮影した機械の画面で、コラボフレームはBarbieです。コラボ相手はアイドルでも、スポーツチームでも、架空のキャラクターでもかまいません。2022年12月に筆者(Joe)撮影。

台湾にも、こうした機械は以前からありました。2016年の台北国際動漫節(コミック・アニメフェスティバル)では、ある出版社が自社ブースに「Cheese! 拍拍樂」というフォトブースを置いていました。1回NT$100(約3米ドル)で、見本写真は読者が漫画のキャラクターと一緒に写ったものでした。

2016年の台北国際動漫節、長鴻出版社のブースに置かれた「Cheese! 拍拍樂」フォトブース。カーテンに「100元1次」と書かれ、上には漫画のキャラクターと一緒に写った見本写真が何枚か掛かっている。カーテンの下には撮影中の人の足だけが見える。
2016年2月、台北国際動漫節のキャラクターフォトブース。1回NT$100で、売りは漫画のキャラクターとのツーショットです。本サイトで左側に写り込んだ通行人をトリミングしています。撮影:Solomon203、CC BY-SA 4.0、元画像。

5つの場面を並べてみる

場面 1枚の値段 買っているもの
地下アイドルのチェキ券 約1,000–2,000円 アイドルとのツーショット、アイドルのサイン
日本のメイドカフェ 900–1,750円 メイドとのツーショット、落書きやボイス
台湾のメイドカフェ 約NT$300(≈10米ドル) スタッフとのツーショット
K-popのサイン入りチェキ 非売品、抽選で配布 アイドル直筆サイン入りの1枚
韓国フォトブースのアイドルフレーム 2枚7,000ウォンから アイドルの写真と同じフレームに収まる

値段と出典は本文のとおりです。台湾は2店の公開料金だけ、日本の2店は大手チェーンの公式料金で、どれも市場平均ではありません。この表で見てほしいのはいちばん右の列です。5つの場面で売られているのはどれも写真ではなく、「会った」「同じフレームに収まった」という証明です。

これは、インスタントカメラとプリントシール機がいつも一緒に盛衰してきた理由の説明にもなります。両者が満たしているのは同じ需要だからです。第7章で見たように、2002年のinstaxの最初のピークは日本のプリントシール機ブームと同時期でした。そして今日、メイドカフェはinstaxでスタッフとのツーショットを売り、フォトブースはコラボフレームでアイドルとの「同じフレーム」を売っています。2本の線は、また同じ場所に戻ってきたのです。

デジタル写真は無限にコピーできるので価値がありません。1枚のインスタント写真、1枚のプリントされたシール写真は世界に1枚しかないから、価値があるのです。

11. 「デジタルに殺された」ものが、なぜスマホ時代に生き返ったのか

instaxのV字を振り返ると、いちばん直感に反するのはタイミングです。デジタルカメラとカメラ付き携帯電話が普及したときに9割を失ったのに、スマートフォンが普及したあとで100倍に成長しました。

私の解釈はこうです。デジタル化が殺したのは「写真を撮る」という用途であって、「写真を1枚手にする」という用途ではなかった。

2000年代半ば、インスタントカメラとプリントシール機の主な機能は「撮ること」でした。当時は多くの人にとって、その場で撮ってその場で見る方法がほかになかったからです。携帯電話にカメラが内蔵されると、この機能が置き換えられ、両者はそろって退潮しました。スマートフォンの時代になると、誰もが1日に何十枚も写真を撮り、写真は多すぎて重みを失いました。そうなると、「触れられて、1枚しかなく、人に贈れる」写真のほうが、かえって希少なものになったのです。

富士フイルムのポジショニングはまさにこの道を進みました。instaxをカメラではなくコミュニケーションツールとして打ち出し、ブランドスローガンは「don’t just take, give.」(撮るだけじゃなく、贈ろう)です。Works研究所も、富士フイルムはスペックではなく「instaxで何をするか」という利用シーンの提案にプロモーションを集中させたと書いています。

それを最もよく表しているのが、instaxのスマホプリンターです。2014年のSP-1に始まり、2019年のmini Linkとその後のLinkシリーズまで、これらの機械は自分では撮影せず、スマホの中の写真を本物のinstaxフィルムにプリントするだけです。富士フイルムは2023年のIR資料で、自社の数字を示しています。世界で使われているスマートフォンは68億台なのに、小型フォトプリンターの普及率は0.1%に満たない(社内調査)。富士フイルムにとって、スマホはinstaxの敵ではなく、最大のフィルムの供給源なのです。

ここが、instaxと日本のプリントシール機が2度目の20年で道を分けたところでもあります(これも私の観察です)。日本のプリントシール機はピークに戻らず、2023年のアミューズメント施設での売上高は1997年の2割前後にとどまり、主要メーカーのFURYUの売上の重心はすでにキャラクターグッズに移っています。一方のinstaxは日本を出て100倍に成長しました。プリントシール機のその後の第2波は、2020年前後に韓国で急拡大した韓国式セルフフォトブースで、売りはやはり撮影そのものではなく「撮ったらその場でプリントされる」ことでした。

ポラロイドはどうか。2008年に生産を終えたときはデジタル時代の犠牲者と見なされましたが、今日は同じ「実物の写真」への需要に支えられて生きています。ただし規模はinstaxよりはるかに小さいままです。ポラロイドは2度死にましたが、どちらも人々が実物の写真を求めなくなったからではなく、会社自身がその需要にたどり着けなかったからでした。

まとめ

  1. インスタント写真は、ポラロイドの創業者エドウィン・ランドが1943年に娘のひと言から思いついたもので、1948年にModel 95が発売され、1972年のSX-70が、今日のインスタント写真の「出てきて勝手に現像される」形を決めました。
  2. ポラロイドがKodakを訴えた特許訴訟は、1985年に侵害が認定され、1986年1月にKodakがインスタント写真から撤退、1990年に9億950万ドルの賠償判決、1991年に約9億2,500万ドルで和解しました。賠償額は1986年に決まったのではありません。
  3. ポラロイドは2001年にデジタルカメラに打ち負かされ、2008年に親会社の詐欺事件に引きずり込まれて2度破産し、2008年にインスタントフィルムの生産を終了しました。
  4. The Impossible Projectは2008年に310万ドルで旧生産ラインを買い取り、何年もかけて配合を再構築し、2017年5月に逆にポラロイドのブランドを買収、2020年にPolaroidへ社名を変更しました。近年の売上高に公式の数字はなく、請負業者のページに2024年の2億2,000万ユーロとあるだけです。
  5. instaxは1998年発売。年間販売台数は2002年が100万台、2004〜2006年が約10万台、2018年度が1,002万台で、どん底からピークまで約100倍です。2020年度から公式の年間販売台数は非公表で、FY2024末までに累計1億台を突破しました。
  6. instaxの2002年の最初のピークは日本と台湾のプリントシール機ブームと同時期で、2000年代半ばにカメラ付き携帯電話によってそろって冷え込みました。2007年に韓国ドラマと中国のブロガーをきっかけに東アジアで回復しましたが、ドラマの作品名は確認できません。
  7. instaxの売上高はFY2023が1,500億円、FY2025が2,000億円(5年連続の過去最高)で、いずれもイメージング部門の約3分の1です。イメージング部門のFY2025の営業利益1,600億円は富士フイルムの4部門で首位ですが、デジタルカメラを含みます。
  8. 2022年以降の3度の増産で累計約115億円、生産能力は約5割増えたのに、2026年4月にminiフィルムは22%〜27%値上げされ、2026年10月には4度目の増産(約30億円、2028年春の本格稼働後はFY2022比で生産能力約7割増)が発表されました。値上げを吸収できるだけの需要があるということです。
  9. 「instaxはデジタルカメラ業界全体に勝った」は成り立ちません。正確には、世界のレンズ交換式カメラの出荷台数を上回った、です。
  10. インスタント写真は「撮影の道具」から「人に贈る実物の写真」へ、そしてアイドル経済の中の一種の通貨へと変わりました。地下アイドルのチェキ券が約1,000〜2,000円、日本のメイドカフェが900円から、台湾のメイドカフェが約NT$300。韓国のフォトブースのアイドルコラボフレームも、同じものを売っています。これが、スマホ時代に生き返った理由です。

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付録1:見つけられなかったこと

以下は調べたものの信頼できる答えが見つからなかったため、本文では書かず、推計で埋めることもしていません。

  • 2007年にチェキを東アジアで回復させた韓国ドラマがどの作品か。具体的な作品名と結びつける信頼できる出典はありません。
  • instaxの2020年度以降の公式の年間販売台数。富士フイルムは売上高と累計台数しか公表しておらず、本文の「年平均約1,000万台」は2つの累計値の差から私が推算したものです。
  • instax単体の営業利益。イメージング部門の1,600億円にはデジタルカメラが含まれ、富士フイルムは分けて公表していません。
  • 「instaxはイメージング事業の半分以上」の元の集計基準。コンシューマーイメージング事業を指すと推測されますが、富士フイルムは事業別の売上高を公表しておらず、検証できません。
  • ポラロイドの近年の公式売上高。唯一の数字(2024年の2億2,000万ユーロ)は請負業者の事例ページによるもので、会社の公表ではありません。
  • 世界のインスタントカメラの市場シェア。調査会社のレポート同士が矛盾しているため、本記事では採用していません。
  • 初代instax mini 10(1998年)の発売価格と、instaxの日本での正確な発売日(英語版ウィキペディアは11月10日、日本語版ウィキペディアは12月)。
  • Polaroid Model 95の正確な発売日(26日か28日か)。
  • チェキ券市場の実際の規模。100億円は記者の試算です。K-popのサイン入りチェキの中古市場規模については、数字がまったくありません。
  • 日本のメイドカフェの売上高に占めるチェキの割合。見つかったのは、韓国・釜山の1店舗の転載による二次資料だけです。
  • K-popのセンイルカフェでインスタント写真が配られたという信頼できる報道。見つかった特典はカップスリーブとトレカだけでした。
  • PHOTOISM、Life4Cutsと芸能事務所によるアイドルフレームの協業についての公式プレスリリース、フレーム数、販売数。

付録2:出典

画像の出典

本記事の写真は、第10章の筆者撮影のものを除き、Wikimedia Commonsのオープンライセンスまたはパブリックドメインのファイルを使っています。撮影者とライセンスは各画像の下にも記しています。ほかに富士フイルムの公式資料の画面キャプチャが5点あり、根拠を示すための引用として、本文に関係する部分だけを切り出しています。

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よくある質問

インスタントカメラを発明したのは誰ですか?

インスタント写真を発明したのは、ポラロイド(Polaroid)の創業者エドウィン・ランド(Edwin Land)です。1943年、3歳の娘を撮影したとき「どうして今すぐ写真が見られないの?」と聞かれ、ランド本人の回想によれば、1時間以内にカメラ、フィルム、化学処理の方式を思いついたといいます。最初の市販機Model 95は1948年11月にボストンで発売されました。現在は、ポラロイドと富士フイルム(Fujifilm)のinstaxの両方がインスタントカメラを作っています。

ポラロイドは倒産したのですか?今のポラロイドは元の会社と同じですか?

元のPolaroid社は2001年と2008年の2度にわたって破産を申請し、2008年にインスタントフィルムの生産を終了しました。現在のポラロイドは別の会社です。オランダのThe Impossible Projectが2008年に310万ドルで旧生産ラインを買い取り、2017年5月に筆頭株主がPolaroidのブランドと知的財産を買収、2020年に正式にPolaroidへ社名を変更しました。工場は今も、元のオランダ・エンスヘーデ(Enschede)の工場です。

instaxは1年に何台売れていますか?

富士フイルムが公表した年間販売台数は、2002年が100万台、2004〜2006年が約10万〜12万台、2011年が127万台、2018年度が1,002万台です。2020年度以降、公式には売上高と累計台数だけが公表され、年間販売台数は公表されていません。カメラとスマホプリンターを合わせた累計台数は、FY2024末までに1億台を超えました(2025年4月発表)。

「チェキ」という名前の由来は?

チェキ(Cheki)はinstaxの日本での愛称で、公式には英語の「check it」を縮めた造語とされています。正式なブランド名はinstaxで、チェキという呼び名は日本でしか使われていませんが、instaxの売上高の約9割は日本以外で生まれています。

メイドカフェのチェキは1枚いくらですか?

2026年10月28日に確認した公式料金では、日本のめいどりーみんは通常のチェキが900円、大きいサイズが1,150円、ボイス付きが1,750円。@home cafeは名刺サイズが900円、L判サイズが1,110円、メイドのソロ写真に落書きするタイプが1,200円です。台湾で料金を公開している店は少なく、たとえば台中のNoir-islandは1枚NT$300(約10米ドル)です。多くの店では客がスタッフを自分で撮影することを禁じているため、一緒に写った写真が欲しければ店内のチェキを買うしかありません。

instaxはデジタルカメラ業界全体より売れているというのは本当ですか?

いいえ。これは誇張された説です。CIPAの統計によると、2019年の世界のデジタルカメラ出荷台数は合計約1,522万台で、そのうちレンズ交換式が約846万台でした。instaxは当時、年間約1,000万台です。正確には、instaxはレンズ交換式カメラの出荷台数を上回ったものの、デジタルカメラ全体は上回っていません。しかもinstaxは会計年度、CIPAは暦年で集計しており、3か月のずれがあります。

出典: 中国語の原文は2026年9月25日(台北)に初公開、2026年10月28日に改訂。データの確認日は2026年9月25日、メイドカフェの公式料金は2026年10月28日に確認し、富士フイルムの2026年10月20日のニュースリリースも反映しています。

この日本語版は、繁体字中国語の原作記事をもとにしています。 joelin.cc. 海外の読者にもわかりやすいよう、表現や説明を調整しています。内容の基準となるのは繁体字中国語の原文です。完全な内容は 中国語の原文をご覧ください。